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入江たか子。戦前・戦中に活躍した女優で、その美しさは「銀幕の女王」「ミス・ニッポン」「日本のグレタ・ガルボ」などと称えられました。高峰秀子著の『私の渡世日記』によれば、山田五十鈴・原節子とともに日本映画史上の三大美人だそうです。
また、1932年には映画制作会社入江ぷろだくしょんを創立。女優・現代劇の役者としては我が国ではじめて独立プロダクションを立ち上げた人物でもあります。
今回紹介する「瀧の白糸」は1933年、溝口健二監督のもと入江ぷろだくしょんによって製作された無声映画。しかし、溝口監督は一女優のプロダクションの監督ということに屈辱を感じ、実体のない名前だけの「溝口プロダクション」という名前をテロップに列記させメンツをを保ったという曰く付きの作品でもあります。
物語は、ご存知泉鏡花の名作が原作。女水芸人"瀧の白糸(入江たか子)"は、乗合馬車の御者・欣弥(岡田時彦)と知り合うが、彼が金のために学問を断念したことを知った白糸は、自分が仕送りをすることを約束し支援する。しかし、やがて白糸自身の生計がままならなくなり、やがて殺人まで犯してしまう。逮捕された彼女を取調べたの検事は、立派になった欣弥だった。法廷で欣弥に向かい包み隠さず正直に証言した白糸はそのまま法廷内で自殺、欣弥も後にピストル自殺を図り終焉をえる、哀しい恋愛物語。
入江は戦後、大病を患い1951年大手術を受け、命を取り留めます。しかし、その後は大映の化け猫映画に多数出演し大ヒット。しかし、「化け猫女優」のレッテルを貼られるようになります。1955年には溝口監督の「楊貴妃」に出演が決まりますが、「瀧の白糸」での屈辱が忘れられない溝口は、入江の演技に執拗な駄目出しをし、「そんな演技だから化け猫映画にしか出られないんだよ」とスタッフ一同の面前で罵倒するという嫌がらせを行い、入江は降板、1959年に芸能界を引退しました。
しかし、その後も黒澤明をはじめ多くの監督がカムバックを望み、黒澤明の「椿三十郎」、市川崑の「病院坂の首縊りの家」、大林宣彦の「時をかける少女」をはじめとする多くの作品に出演しました。
それにしても、溝口っ!大人気ないぞ!!

 法廷で証言する落ちぶれた白糸と検事になった欣弥
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