
こんな廃線みっけ
松山人車軌道
1929年12月31日廃止

◎松山人車軌道とは
明治41年・日本鉄道(現・東北本線)松山駅は松山町内から2kmほど離れた位置に作られたため、町の人々はその往復に困難しました。
そこで町の有志でこの区間に人車軌道を開設することになったのですが、すでに鉄道が一般化しつつあり、人車軌道の免許はなかなかおりませんでした。しかし大正11年11月3日に晴れて開通することができました。
人車軌道とは線路上のトロッコを人力で押して歩くというもので、明治初期に考案されたが、しだいに廃れた鉄道の一種です。
松山の場合は8人ほどが乗れる客車を男性が2人で押しました。

当時の様子
◎松山人車軌道の終焉
しかし、昭和になるとますます鉄道や自動車といった交通網が発達し、開通わずか7年後の昭和4年にはバスに転換され同年12月末をもって廃止となってしまいました。