戦時新聞企画 "コレヒドール島陥落"の日の新聞広告を見てみよう 2006/5/8
新聞広告の前に"コレヒドール島陥落"について少々。 1942年(昭和17年)の今日、5月8日。日本軍がフィリピンのコレヒドール島を占領した記事が新聞のトップを飾りました。 前年の12月、日本軍がフィリピンに進行した際、マッカーサーはコレヒドールに司令部を置きました。しかし、日本軍の猛攻に耐え切れず1942年2月にマッカーサーは家族、そして当時のフィリピン共和政府大統領マニュエル・ケソンらと共にオーストラリアへと逃れます。1942年4月にバターン半島の米比軍が降伏しますが、コレヒドールは戦いをやめずに戦闘は激化、1942年5月6日についにコレヒドール守備隊が降伏、コレヒドール島は日本が占領するにいたりました。 ちなみに1942年4月10日のバターン半島におけるアメリカの降伏では、日本軍はここから約100km離れたサンフェルナンド付近の捕虜収容所までアメリカ軍捕虜を徒歩で移動させました。飢えや病で彼らは次々に倒れ約30000人の捕虜が死亡し"パターン半島死の行進"と呼ばれるようになりました。 その後、形勢が逆転したマッカーサーはコレヒドール奪回に動き出しますが、思うようにはかどらず、ついには歴戦に名を残す第503空挺連隊を敵中に降下させるという作戦で奪回に成功しました。 …さて、それでは新聞を開いてみましょう。
今回の新聞は大阪毎日新聞1942年5月8日版です この頃はまだ野球やってますね。雑誌「野球界」は野球専門ではなくスポーツ誌。 薬の広告はおもしろいです 満州警察募集!! 地下鉄の花園駅が戦争真っ最中に開業!!
それにしても、この頃の日本軍、余裕ですな。この大本営発表もいいことづくめです。まさかこの1ヶ月後にあのミッドウェー海戦で大敗北をとげるとは夢にも思っていないでしょう。皮肉なことです。